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2011年07月07日

八雲神社に行ってみた

日本武尊(やまとたけるのみこと)の神剣を熱田の地にお祀り、
以来、伊勢の神宮につぐ格別に尊いお宮として篤い崇敬をあつめている神社。

熱田神宮。




そんな由緒正しい神社である熱田神宮の唯一の御分霊を受けた神社って知っています?

それが「八雲神社」。









1878年(明治11年)徳川家旧家臣の移住により、遊楽部の開拓がはじめられた。
移住者達は、熱田神宮神符と徳川家歴代の神霊を祭り、産土神(うぶすながみ)として崇拝していた。
これが八雲神社の起源となる。

1886年(明治19年)に「八雲神社」の創立出願をして村社に列せられ、
1887年には徳川家を経て熱田神宮の分霊を仰ぎ、許可となった。

なお、この分霊奉遷にあたっては、徳川慶勝が明治天皇に、直接奉請して勅許を得たものと伝えられており、
熱田神宮の分霊を祭っている神社は、全国でも唯一のものである。


熱田神宮の分霊を祭り、祭神は熱田大神・天照大神・素盞嗚尊・日本武尊・宮簀媛命・建稲種命となり、
さらに昭和9年には、許可を得て八雲町開拓の始祖と仰ぐ徳川慶勝命を合祭した。


(八雲町史 参考)







簡単に言うなら、

尾張徳川でありながら幕府の限界を見据えて、皇室に貢献してくれた「徳川慶勝」に対し、
明治天皇から感謝の意を込めた御分霊だったのだろう。










掃き清められた参道は、長く厳かに本殿まで続いている。
この参道の長さからも、この「八雲神社」の格が伺える。





神社の垣根?には、尾張徳川家第21代当主「徳川 義宣」の名前が刻まれている。
この町において「徳川」という名前は、現代においても尊敬を集め続けているのだろう。






ちなみに八雲町役場の敷地内には、尾張徳川家第19代当主「徳川義親」の銅像が立てられている。
刻まれた名前が「徳川さん」とされているところが、町民に愛されていた事を示す証拠だね。




ちなみに、北海道の土産物として有名な木彫りの熊は、アイヌの伝統工芸品ではなく、
徳川義親が冬季の現金収入確保のためスイスから技術などを導入したらしい。

今日の今日まで、アイヌの伝統工芸だと思っていた・・・





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