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とことん遊ぶぞ 北海道! › 北海道の市町村!

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2016年02月07日

五味温泉で環境ライフ 森林と人が輝く下川町

こんにちは!
久しぶりの北海道ネタに、叩くキーボードも軽やかな「とうちゃん」です。

さて今日は、森林と人が輝く下川町
その下川町にある、環境と森林が調和した温泉宿・五味温泉に宿泊してみました。




しかもね、ラッキーなことに温泉宿ではなく、温泉に併設されている、下川町環境共生型モデル
住宅「美桑」に宿泊することができちゃったんだ。



森林と、人と、まちを育む家・・・エコハウス美桑は、地域の気候風土や敷地の条件や住まい
に応じて自然エネルギーが最大限に活かされること、さらに、身近に手に入る地域の材料を使う
など、環境に負担をかけない方法で建てられている。



住宅の断熱性の向上や、木質燃料による二酸化炭素排出の低減、地域材の利用による輸送にかかる
二酸化炭素排出の低減など、暮らしと森林の関係をより意識でき、泊まることで下川町が理想とす
る暮らしを体験できるというコンセプト。



氷点下20度の外気温にもかかわらず。
冷気が入りやすい、大きな窓が設置されているのに。
高い断熱効果によって、室内の温度は快適に、かつ環境にやさしく保たれている。



これだけ素晴らしい施設なのに、一泊夕食朝食付きで6000円くらいだったんです。
もちろん併設している温泉には、入りたい放題だしね!
申し訳ない話だが、キャンプ場のコテージでは、太刀打ちできないコストパフォーマンスだ。



せっかくの機会なので、下川町について少々

内陸性の気候で寒暖の差が激しく、最高気温は約30℃、最低気温は約-30℃と年間の温度差は
60℃。11月から雪が降り、降雪量も多く、寒い北海道においてもけっして過ごしやすい地域
とは言い難い気候条件に。

1901年、岐阜県から25戸の入植により開拓が始まった。
1917年、サンル金山の発見。
1919年の国鉄名寄本線の開通などをきっかけに発展し、1924年に名寄町から分村して下川村
が誕生。三菱金属鉱業(株)の鉱山が活況を呈し、農林業と鉱業の町として発展し、1960年には
人口が15千人を超えた。


しかし、社会情勢の変化による銅山の休山、安価な外材輸入による林産業の衰退、JR名寄本線
の廃止などにより人口減少が加速。これに危機感を持った町民は、力を合わせ、様々な方法で
まちづくりを進めてきた。



代表的なものは、「アイスキャンドル」。
北海道内外の各地で冬の風物詩となっているアイスキャンドルだけど、実は下川町が始めて日本
に取り入れたもの。


【ウッドチップの製造】

近年では、町の面積の9割を占める森を活用した、独自の取り組みが国から認められ、環境未来
都市として持続可能な循環型森林経営に取り組んでいる。


【チェーンソウアート】

木を切ったら必ず植える。
適正な森林管理を続けながら、毎年50ヘクタール分の木を資源として切り出し、切った場所には
必ず木を植え育てる。おおむね60年の育成期間を経て伐採期を迎え、切ってはまた植えるという
仕組みを繰り返えす循環型林業。
これにより安定的な雇用の確保と地元林産業者への木材供給に繋がっている。



ゼロエミッションを直訳すると、「廃棄物ゼロ」。
太い木材は住宅などの建築用材に加工、細いものは公園などの土木資材や、安全・安心な割り箸
に。曲がったものや端切れは木質バイオマスボイラーの燃料になり、暖房用の熱電などとして使
われる。さらに、今まで使い道がないと言われていた葉は、化粧水やアロマオイルに生まれ変わ
ります。

公共施設で木質バイオマスボイラーを使用することで、森林資源を無駄なく利用でき、化石燃料
を使用するより、コストダウンを図る。
その一部は子育て支援にもあてられている、自然に優しく、町民にも優しい取組みだ。



農家の冬の間の副業として始まった、「手延べ麺」も町の特産品になっています。
町内には9軒の手延べ麺工場があり、町内でおいしいうどんを食べられるお店も複数あります。



確かに著しく高齢化が進んでいる下川町だけど、全国でも有名な林業、バイオマスで「まちおこ
し」に成功した町。
下川町長や木質バイオマスの担当者は、全国各地で講演に引っ張られているほど、下川町の「ま
ちおこし」は画期的なものらしい。

担当者の企画力に頭が下がると同時に、その事業内容を調べていると、下川町の「まちおこし」を
真似ても、なかなか真似できるものじゃない木がする。

参考 下川町HP

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Posted by 「とうちゃん」 at 07:12Comments(0)北海道の市町村!

2015年11月06日

花と調和するまち 恵庭市



今日のお題「花と調和するまち」。
ということで、恵庭市について「とうちゃん」が拙い知識と経験でお送りします。


「とうちゃん」が個人的に感じる恵庭市っていうと、札幌市のベッドタウンと自衛隊。
あまり観光地として意識したことがなかったのが本音です。
北海道を訪れる観光客も、恵庭市を目的地の一つとしている人少ないんじゃないかな。

でもね、実際に行ってみて、知ってみるとね、意外にイイもの持っていますよ。
もったいないですね、これだけのイイものをスルーするのは。




【えこりん村】

恵庭市の遊び場っていうと、一番最初に思い浮かぶのは「えこりん村」でしょう。
えこりん村は、約40haもの広大な放牧地の中に、個性豊かなさまざまな施設が点在するスポット。

北海道で観光地の一つとして注目されているガーデン街道ですが。
えこりん村には、広い敷地内に30ものテーマガーデンが展開されています。
約1,000種類の植物が四季折々の花を咲かせ、特に7月の庭園は、約2,000株の薔薇が咲き誇り、季
節により、訪れる人々を楽しませてくれます。

どこで写真を撮影しても、素敵な写真を撮らせてくれるのは、庭師さん達の努力とセンスのおかげ
ですね。



【えこりん村の田植体験】

昔ながらの田植体験を楽しんでみました。

時期によっては田植えなど、自然・農業・環境を学び体験できるイベントが開催されている。
まぁ、昔の田植えの体験は、子供にとっては泥遊びの延長みたいなものだ。
そして着替がないと、とんでもない事態になってしまうことも、旅の良い思い出だね。




【森のレストランTen-Man】

えこりん村での食事は、森のレストランTen-Manがオススメ。
屋根の上まで草原に覆われたような外観が可愛らしい建物だ。

ここの野菜ブッフェがとても素晴らしかった。
種類が豊富なことはもちろん、新鮮さを感じることができる味と食感。
野菜を食べすぎるのは、健康なのか、不健康なのかという疑問が生じてしまうほど美味しいです。





【道の駅 花ロード恵庭】

「とうちゃん」がオススメしたい、北海道道の駅ベスト3に入る素晴らしい道の駅。
花で彩られた建物、センターハウス内は明るく開放感に溢れて気持ち良く利用ができる。

この道の駅は、休憩するだけではもったいない。
地元の食材を使った飲食店が営業し、ベーカリーで販売している「かぼちゃプリンパン」の美味
しいこと。地元の特産品販売もあるほか、別棟「かのな」では野菜の直売所が行われ、消費者に
嬉しい価格で新鮮な地元産の野菜を購入することができるのも、この道の駅の魅力となっている。


笑顔が素敵な「おねえさん」を撮影した写真があるが、道の駅内にスタジオが設置されている地
域に密着した市民参加による地域メディア「e-niwa」のスタッフさんだ。
せっかく恵庭市を訪れたのなら77.8MHzにチャンネルを合わせてみては?



【旧島松駅逓所】

国道36号をちょっとだけ外れたところにあるけれど、あまり訪れる人はいないんじゃないかな?

クラーク博士が帰国の途中、「青年よ大志をいだけ」という名言を残した話は有名だけど、この
場所であったことを知る人は少ないと思う。
現地には、記念碑もあるので是非、立ち寄ってみてほしい。

また、この駅逓の長であった中山久蔵が、稲作は無理だと言われていた北海道で、初めて稲作を成
功させた人でもあり、この地こそ寒冷地の稲作発祥の地でもあることは、さらに知られていない話。




【恵庭渓谷】

源義経は蝦夷地に逃げのびた?

兄である源頼朝に追われ、奥州平泉で死んだと伝えられている源義経ですが。
北海道の各地には、義経にまつわる多くの伝説が残されています。
日本海沿岸部に多い気がしていたのですが、恵庭市のこんな山奥まで義経伝説が残されていること
に、昔の人の義経贔屓を感じずにはいられないね。

ちなみに、この恵庭渓谷に残されているのは、義経が埋めたとされる「黄金伝説!」
「戦死を装って北海道に渡った義経が、熊の沢に黄金を埋蔵した」というもの。
その「熊の沢」が恵庭渓谷のラルマナイ川付近であると言われているんだって。

夢物語の中の夢物語で浪漫だよね。
義経が生きて蝦夷に渡り、山奥に黄金を埋めたなんて。





最後に、恵庭市の歴史について。

江戸時代、松前藩によって石狩十三場所のひとつであるシュママップ場所が島松川流域に開かれ、
幕末ころまで存在した。
また、宝暦年間には、飛騨の材木商である武川久兵衛が、石狩地方の山林伐採を始め、その時の
根拠地が、現在の恵庭市の漁川上流。
先ほども触れたけど、明治6年、中山久蔵が農地開墾、水稲栽培に成功した後、集団移住が始まり
農産地としての発展を遂げた。
明治39年、隣り合う漁村と島松村を統合、漁川上流にそびえる恵庭岳にちなんで恵庭村が誕生。
昭和26年に町制を施行、昭和45年に道内で31番目の市となる。


北海道の市町村の歴史を調べて、いつも思うこと。
蝦夷地を支配していた松前藩による治世の痕跡が、あまり残されていないな、ということ。
搾取の痕跡は感じるけれど、治世の痕跡が感じられないこと。
これが「とうちゃん」が感じる、本州以南における歴史探検との大きな違いであり、松前藩の特
徴だと勝手に感じる今日この頃でした。

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Posted by 「とうちゃん」 at 16:28Comments(0)北海道の市町村!

2013年12月01日

厳寒の夜空に輝く天の文字復活の予感! 名寄市 

こんにちは、ご無沙汰しています。
東京の冬の風は、骨身に沁みる厳しい寒さですね。

北海道の暖かい寒気に恋い焦がれる「とうちゃん」です。



本日は、北海道の「暖かい寒さ」を楽しめちゃう、道北名寄市を紹介します。

冬場は冷え込みが厳しく、最寒月2月の平均最低気温は、まさかまさかの-16.3℃!
夢の-30℃超えだって珍しくなく、観測開始以来の最低気温は-35.7℃。
北海道名物のダイヤモンドダストに、太陽光が反射して光の柱となる【サンピラー(太陽柱)】
は、名寄市の名物にもなっている。


【冬の醍醐味 サンピラー】Tinker Bell´s Fairydust | Flickr – Photo Sharing!から



そんな厳しい寒さを味方につけた名寄市にて、開催される熱意溢れたイベントを紹介します。


厳冬の火祭り【北の天文字焼き】


このイベントは、名寄市を中心とする道北の14の市町村を線で結ぶと「天」という文字が出来上がる。
この「天」を象徴した火文字焼きが「北の天文字焼き」というわけです。


【2011年「北の天文字焼き」】

平成元年から23回にわたり毎年開催されてきた名寄市の冬の一大イベントだったけど、残念ながら
2011年開催を最後に予算等の理由で中止されていたんだけどね。

2014年に再び、名寄市の太陽の丘に縦220m×横150mの「天」の火文字が輝くらしい。

しかも!「天」の火文字点火プレゼンターが、一般募集されているだって!

募集 「点火プレゼンター」は60名。
参加費用は、「点火記念証」と「豚汁・おにぎり」「バーベキュー 200g」「ビール等の飲み物」
付きで、たったの1000円! 
希望者には「願木」(願い事を書いて燃やす木)や「ポスター」も提供されちゃいます。
点火の後は、特設会場(東小スノーランタン会場横)に移動して、冬の花火を間近で見学付き!

これは、お得でしょ〜!

申し込みは、実行委員会 事務局長 長澤 様 090-8274-7848 まで。

2月の名寄市、夜の寒気は半端じゃないよ。
でもね、厳しい冬の夜に魅せる炎の輝き、とってもステキだよ。




【なよろ国際雪像彫刻大会ジャパンカップ】





冬の北海道観光で、絶対に欠かすことが出来ない「とうちゃん」一押しのオススメの冬イベント!

本当に「凄い」の一言に尽きるね。

雪が雪じゃないみたい。
雪を使って、ここまで何かを表現できることにも驚いちゃうね。





わずか数日間のためだけに作成される芸術。
この儚さすらも、雪像の付加価値となっている気がするよ。




せっかくの機会なので、名寄市について勉強してみた。




名寄市で有名な農作物は、アスパラガス。
昔「どっちの料理ショー」では、名寄市産が日本一のアスパラガスとして、紹介されていた。

さらには、餅米の生産量。こちらも「日本一」となっている。



「とうちゃん」の大好物「名寄の大福」は、道の駅「もち米の里なよろ」で購入できる。
いろんな味が秘められている、モチモチの大福。
見た目にも楽しい、「とうちゃん」一押しのオヤツです。


【歴史】
地域の始まりは、先住民であるアイヌの人々から始まる。
1700年代末から1800年代にかけて、探険家や役人の残した文献や地図に「ナエロ(ナエフツ)」「ナ
ヨロフト」「ナヨロ」「ナイブツ」などの表記が現われます。

和人の入植は、33年(1900)山形団体の入植が開拓の始まりと言われている。
同年に入植した団体には、このほか福島県からの相馬団体、富山県からの越中団体、新潟県から下赤平
を経た木原団体などがあり、翌年には岐阜団体、新潟団体、宮城団体など、市街地より先に周囲の団体
開拓地に移住者が入ってくる。

1902年 上名寄、多寄、下多寄の各村が剣淵戸長役場(現在の剣淵町)から分離。
1903年 旭川からの鉄道(現在の宗谷本線)が開通。
1921年には名寄本線が開通し、1941年に名雨線(深名線)が開通。
(名寄本線と天北線が平成4年に、深名線が7年に廃止されました。)

【名寄 鉄道施設構内模型】

1909年 二級町村制が施行され上名寄村が誕生、1915年に名寄町に改称。
1954年に智恵文村と新設合併し名寄町となり、1956年に市制施行、名寄市となる。
2006年に名寄市、風連町と合併し、新・名寄市が発足する。


こんな感じで名寄市の歴史の概要をまとめてみましたけれど、少し地味になってしまったのは「とう
ちゃん」の知識と筆力が足りないからだ。

想像して欲しい。
冬でも氷点下を超える日があまり無い地方から、氷点下30度を下回る、真冬の上川で暮らすこと。
満足な身支度ができず、情報も無く、どれだけ過酷な生活を強いられたんだろう・・・。

機会があれば、是非「北国博物館」を一度見学していただきたい。
北国で生き延びてきた先人達の知恵が展示されているから。

【参考】wikipedia、名寄市HP、名寄市史、なよろ観光まちづくり協会  


Posted by 「とうちゃん」 at 22:55Comments(2)北海道の市町村!

2012年12月22日

中富良野の大地に咲くラベンダーと徘徊する羊



 富良野方面への観光は、ラベンダーが咲き誇る季節がいいよね。
 旭川市から、美瑛町、上富良野町、中富良野町そして富良野市へ続く国道をドライブすると、視界に
広がる色彩の競演。
 車で駆け抜けてしまうのが、本当にもったいなく感じる。
 

 この地域の代名詞とも言えるのは「ラベンダー」の花。

 北海道におけるラベンダー栽培のルーツ。
 それは、曽田香料(創業者 曽田政治氏)が、昭和12年フランスから、5kg程の種を仕入れたことに始
まる。

 北海道の気候などが、ラベンダーの生育に適していたらしく、昭和15年から本格的にラベンダー栽培
が行われ、昭和17年にはラベンダー精油の蒸留が成功する。
 もともと、香油を得るための商品作物「ラベンダー」。
 より良い品種を求めた結果、オカムラサキ、ヨウテイ、ハナモイワなど、優れた品種を選び出し、北海
道の大地を彩っていく。
 昭和45年には、富良野地方全体で230ha以上、5tものラベンダーオイルを生産したのを境目に、次
第に安い輸入香料に押され、香料を得るためのラベンダー栽培が衰退していく。






 多くのラベンダー畑が他の作物へと切り替わっていく中で、富田ファームでは、ラベンダーの栽
培を続けていく。
 ラベンダーを活用した香り袋を始めとして、自社でラベンダーオイルの蒸留を行い、独自ブランド「フ
ラノ」を確立。
 小高い丘から眺めるラベンダー畑の鮮やかな紫、大雪山の雄大な景色が評判
になり、観光地としも注目を集めていく。


 



 雄大な山々を眺め、鮮やかな花々の競演に心を奪われつつ。
 富良野の大地をのんびりと走るのが「富良野・美瑛ノロッコ号」




 花畑の側を、ゆったりと駆けるノロッコ号。
 牽引するのは、可愛らしいペインティングが施されたDD51。

 なんて贅沢な乗り物だろう!

 極々稀に、蒸気機関車が牽引するイベントが開催されることがある。
 富良野の大地を、ゆったり堂々を走る蒸気機関車。

 思い出すだけで、心が震えてくる。
 


【ノロッコ号の余韻に浸る「息子」】



 中富良野町に滞在するならば、こんな所はいかがですか?
 




【星に手のとどく丘キャンプ場】

 民間経営のキャンプ場で、本州からのリピーターが多く、評判が良いキャンプ場。
 中富良野の町から車で10分程度の小高い丘の上にあり、目の前には素朴で雄大な景色が広がる。 






 朝に収穫したばかりの「トウモロコシ」に噛りつく。
 トウモロコシの皮を剥かずに、そのまま炭火の中に投げ込んで、真っ黒になるまで放置する。
 皮が黒こげになる頃が食べ頃。

 個人個人で、たき火を楽しめるのも魅力だ。
 オーナー曰く「火の粉が飛ばない自慢の薪」を購入して、酒と「息子」で楽しんだ。
 



 予備知識として知っていたから良かったけれど。
 真夜中に徘徊する羊達。
 「ヒグマだったらどうしよう・・・」なんて不安にもなったりする。

 ちなみにキャンプ場では、自慢のジンギスカンが提供されている・・・だ。
 
 ただし!「かあちゃん」がアブに噛まれまくって、病院で治療を受けることになった思いでもある。
 当然の事ながら、虫除けスプレーは必須だね。




 中富良野町の昔話。

 富良野地方の開拓は,公式には明治30年の三重団体に始まる。
 ただし非公式な入植では、明治28年に富山県から中富良野に伊藤喜太郎が単独で入植した。
 (厳しい北海道の大地に、たった一人で入植とは、なんという勇気と精神力だろう!)
 
 そんな訳で、中富良野町だけは開基を明治28年としている。

 富良野地域に役場が置かれたのは、現在の上富良野町。
 現在の富良野市は、下富良野村として分村した地域であり、後日、富良野市と名前を変えた。

 中富良野村が上富良野村から分村した経緯。

 大正時代、第1次大戦による雑穀類の高騰で,畑作を中心産業としていた富良野地方は史上空前の好
景気となった。

 このタイミングで,上富良野町域,特に畑作の農民から中富良野分村が発案された。
 その理由として中富良野では、泥炭地約2000町歩の大排水施設の工事が必要であり、多額の負担を嫌
がった上富良野地域が中富良野エリアを切り捨てたってことだ。




 シビアで酷な話だけど、もし「とうちゃん」が当事者だったら理解できなくもない。
 過酷で厳しい大地を開拓し続け、時勢良く巡ってきた大金。
 少しだけ、良い夢見たくなるのは人の性だ。

 ちなみに、現代でも仲が悪いのだろうか?
 知っている人がいたら教えてください。

【参考 北海観光節、富田ファームHP】

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Posted by 「とうちゃん」 at 23:25Comments(0)北海道の市町村!

2012年12月18日

深川市の大地が育んだ黒米とハンバーガー


 「きたのむらさき」っていう黒いうるち米を聞いたことがありますか?




 平成23年に岩見沢市で開催された「北海道ご当地バーガーグランプリ」でグラ
ンプリを獲得した深川市「黒米バーガー」





 「黒米バーガー」は、深川産「きたのむらさき」の黒米粉と小麦粉で焼きあげたパン、深川牛を使っ
たハンバーグ、深川産きゅうりのピクルスなど「深川産」にこだわったハンバーガー。
 
 
 特筆したいこと。
 それは、手作りハンバーグとしての総合力だ。
 バンズと具の相性の良さ?と言えばよいのか。
 「深川産」にこだわって、美味しいハンバーグが出来ました!とも言えるし、
 美味しいハンバーグにこだわったら「深川産」にたどり着きました!とも言える美味しさ。
 
 

 

 この「黒米バーガー」を提供しているのが、国道12号沿いにある「まあぶ'sキッチン」。
 黒米バーガー以外にも、黒米カレー、黒米ラーメン、黒米ソフトなどの黒米「きたのあかり」を使
用した創作メニューが提供されている。
 しっとり、もっちりしている「きたのあかり」の食感が、「とうちゃん」の好みにフィットする。


【黒米カレー】


【黒米クレープ】                【黒米チーズバーガー】


 ただし!
 「とうちゃん」が訪れたときは、店内が混み合っていないにも関わらず、注文から提供まで45分くら
いの時間を要した。
 電話にて事前注文もできるらしいので、のんびり待てないせっかちな人は、電話注文をオス
スメします。




 


 豊富に積もる雪を活用した深川市の冬のイベント。
 規模は、それほど大きくはないけれど、提供されるイベントや料理が、なかなか魅力的。
 あまり混雑も無く、駐車場も用意されているので、とても参加しやすい冬のイベント。



 【深川市】 

 地名の由来は、アイヌ語の意訳「深い・川」?と言う説があったりなかったり。

 1890年(明治23年)に華族組合農場として開墾が開始され、1892年(明治25年)に深川村となる。
 基本的に農場の開拓、屯田兵入植により形成された町だ。



【華族組合雨竜農場の設立者の一人 梨木大神(三条実美)も祀られている深川神社】


 開拓当初、冷涼な北海道の気候は稲作に適さないと考えられていたため、開拓当初は畑作が奨励され
ていた。
 「日本人なら、お米だよね」ってことで、稲作に取り組む人も多く、深川では開拓早々1892年(明治25
年)に稲の栽培に成功し、本格的な稲作に着手した。
 北部の多度志では除虫菊や食用百合の栽培が盛んに取り組まれた。
 多度志は、道内産ユリ根の発祥地?とされるらしい。
 百合根のように時間と人出が必要となる作物を、早い時期から導入した多度志の人々のチャレンジ精
神が素晴らしいと思う。


 現在、深川市の農業は米作が大部分を占めるけど、近隣の町と同様にソバの生産も盛んで、その生産量は
国内第2位

と大規模。
 果物栽培も盛んで、秋には観光農園でリンゴなどの果物狩りを楽しむことが出来る。



 1898年(明治31年)に、滝川市から旭川市までの鉄道が開通し、深川駅と納内駅が開業される。
 1910年(明治43年)には、留萌線が開業し、石炭や海産物の流通拠点として栄える。
 1941年(昭和16年)、幌加内町経由名寄市行きの深名線が全線開通。雨竜川域の鉱物や材木運搬な
どの貨物取り扱い増加。



 深川名物「ウロコダンゴ」って知っていますか?
 「すあま」のような「ういろう」のような味で、魚の鱗のような?形をしているお菓子。
 ダンゴはもち米を主原料とし、「ういろう」に似た柔らかな食感で甘さは控え。
 お菓子の名前は、当時貨車で運び込まれたニシンの鱗に由来する取られたと言われ、深川駅の名物と
なっている。

 子供の頃、仏壇に供えられていた「ウロコダンゴ」を思い出す。
 甘くって、モチモチして好きだったなぁ。

 大人になって名前の由来を聞くと、もう少し違う名前の方が・・・・と言う気がしなくもない。
 

 北海道開拓の歴史が、ちゃんと「とうちゃん」の生活に根付いていたことを再認識だ。


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Posted by 「とうちゃん」 at 05:34Comments(0)北海道の市町村!