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とことん遊ぶぞ 北海道! › 北海道開拓に思いを馳せる › 育った町で気がつかなかった「遊郭」の存在

2011年11月21日

育った町で気がつかなかった「遊郭」の存在

未開の盆地に、碁盤の目のように街路が描かれた街。


「人々が集まり街が形成される」ことは、よくあるけれど、
「都市の計画が立てられた後に、人を集める町づくり」は、歴史的に見ても例が少ないと思う。


検討を重ねた都市計画の上に築かれた旭川。

旭川の中心部はもちろんのこと、その後に広がりを見せた町並みにも、計画的に設計された
碁盤の目のような街路が形成されている。







碁盤の目の美しい地図を眺めていると、旭川市中心部と第7師団駐屯地を結ぶ重要な地域にも関わらず、
碁盤の目の街路形成が乱れている地域がある。

その胸に「金の星」を付けた軍人さん達がよく集まったために、後に「金星町」と呼ばれた地域。
最盛期には30軒以上の娼館が軒を並べていた「中島遊郭」だ。



性的な描写は、いっさい無いけれど、嫌な人は見ないでください。






その昔、上常盤町から中島遊郭に続いていた一本道を歩いてみた。



かろうじて当時の面影を残す、石造りの建物は、国道40号沿いにある。
西洋風の円柱を模した「梲(うだつ)」が、なかなか見応えがある石造りの建物。
こんな「梲(うだつ)」の上がった建物を所有していた人は、どんな人だったのかな?

そして、旭川の石切り場って何処だったんだろう?
調べる事が増えちゃった。





昔の一本道と思われる通りには、質屋の倉庫だったと思われる石造りの建物があった。
そうだよね、資金は必要だよね。
間違いなく繁盛するよね、この場所にある質屋は。


「とうちゃん」が勝手に思うだけなのだが、
中島遊郭まで通じていた一本道は、牛朱別川の改良工事の際になくなったのだろうな。
歩いていると、そんな雰囲気を感じる。







この地域の街路の移り変わりを整理してみた。
図面は、左から「大正中期」「昭和初期」「google」となっている。

昭和初期の図面で、半円状に整理された街路の中心には「大門」が設置されていた。
このような特殊な街路整備を見ていると、遊郭が政治的な意味合いを含んでいたのかな〜などと邪推してしまう。

「中島遊郭」大門の写真は、北海道新聞社の「旭川 街並み今・昔 」という本に掲載されている。
興味のある人は、読んでみてほしい。



中島遊郭が設置された経緯は「新旭川市史. 第3巻」で確認する事が出来る。


中島遊郭の設置が検討された当時、すでに「曙遊郭」が忠別太付近にあった。
この地域は、旭川でも最も早くに和人が住み着いた土地でもある。

「中島遊郭」新設に対する市民の大反対運動にも関わらず、誰かの強力なプッシュにより
「金星町」付近に遊郭が新設されることとなった。
曙町まで通うのが大変だったのだろう。

他にも八条地区、二条地区、旭町地区にも遊郭っぽいものがあったと記述されている資料もあった。
そう言われると、確かに思い当たるふしがなくもない地域だ。


「中島遊郭」を調べていてると、第7師団、石狩川と牛朱別川の流れ(ちなみに「中島」という名は、
石狩川と牛朱別川に挟まれた地域を指す名前だろう。)、街路形成、曙町、アイヌ人の土地問題、
様々な面から旭川の近代史をたぐることになった。

長い時間住んでいた旭川の町に、知る機会が無かった「遊郭」という存在を住み続けた経験に当てはめると、
すばらしく納得できる郷土史が、そこにあった。



歴史に埋められた「遊郭」は、調べる郷土史の対象として非常に興味深いけど、デリケートな話もとっても多い。

もっと色々なことを書きたかった。
本当は現地で撮ってきた、いろいろな写真を掲載したかった。


でも、やめておく。
興味がある方は、声をかけて?ください。
語らせていただきます。


最後に一つだけ。

旧中島遊郭地域を散策していると、「遊興飲食税」の札が掲示された家?があった。
「遊興飲食税」は、昭和初期に戦費調達を目的とし、お姉さんと飲んだり食べたり遊んだりした時に徴収される税金。
この税金、戦後には形を変えて「特別地方消費税」となった。(平成9年に廃止)


「北海ホテル」でバイトをしていた学生時代、一人当たりの飲食単価が高額になったとき、これを徴収した記憶がある。
それって「こういうことだったんだ」と、納得したことが今日の成果の一つだ。




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