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とことん遊ぶぞ 北海道! › 北海道開拓に思いを馳せる › 旭川市「嵐山展望台」に登ってみた

2011年01月13日

旭川市「嵐山展望台」に登ってみた

なにも準備もせず、衝動的に標高253m、嵐山登山に挑戦してみた。





なんで衝動的に挑戦したかというと「伝承のコタン」に設置してある
「嵐山案内看板」に記載された「国見の碑」の文字を見つけたからだ。




今日この時まで、大きな勘違いをしていた。

「国見の碑」は、深川市の「国見」にあると勝手に思っていた。
実家のすぐ近くにあったなんて、思いもよらなかった。

でも、ちょっと考えれば分かったかもしれないけど、深川市の国見から、上川盆地なんて一望できないよね。



「国見の碑」
明治18年(1885) 8月に上川原野の視察を命じられた司法大輔岩村通俊が、
永山武四郎らと近文山に登り、上川原野を国見した。
この碑は、翌19年に岩村が碑文を草し、命じて建立された旭川最古の碑。
昭和41年に旭川市の指定文化財(有形文化財)になっている。

(旭川市HP参照)

近所の散歩程度の服装では、「国見の碑」まで片道1時間半近くの山道歩きは切ないので、
その途中にあって、同じように上川盆地を見渡せる「嵐山展望台」まで行くこととした。


静かな雪の嵐山。
キツツキが突然、木を啄む音が森の中に響き渡る。
突然、熊のことを考え始めて怖くなってくる。





「伝承のコタン」から雪道を登ること20分くらいで頂上の「嵐山展望台」に到着。

この喜びを妻にメールで伝えたところ、オメとだけ、祝メールが入ったのは本当に余談。



最近、整備されたらしい。
以前の無骨なコンクリート展望台ではなく、
木でできた景観にとけ込むような、雰囲気のある展望台に建て替えられていた。


目の前に広がる展望。

(忠別太・神居・忠和 方面)


(永山方面)


周囲を大きな山々に囲まれた上川盆地を確認できる。
平坦な広い土地に大きな川と、その支流を見ることができる。
あいにくの曇天、雄大な大雪山までは望むことはできなかった。



永山武四郎は、この未開発の平らな盆地を見てどんな夢を抱いたんだろう。

明治23年に、「永山村」「旭川村(現 東旭川)」「神居村」が設置されたが、
なぜ、深川市に近く、交通の便の良い所に市街地を形成せず、永山や東旭川に村を作ったのか考えてみた。
「永山村」は樺太方面を、「旭川村」は網走方面を警備、開拓する目的で設置されたのかな?

「もう少し、忠別太に近いところの方が、便利なような気がするけどなぁ。」

などと、独り言をつぶやくほどに気持ちを大きくできる、ここ嵐山展望台。



ちなみに、旭川での最初の和人定住者は「鈴木亀蔵」さん。
明治10年頃に、石狩川と忠別川が合流する「忠別太」(現在の「曙」赤十字病院付近)に居を構えたらしい。

やはり、この場所が当時の一等地なのだろう。


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