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とことん遊ぶぞ 北海道! › LOVE 函館 › 明治の函館で活動した写真家の「年収」に驚いてみた

2011年11月03日

明治の函館で活動した写真家の「年収」に驚いてみた


日本に写真が伝わって間もない頃の明治初期、

函館で活動した写真家「田本研造」


函館が外国に開かれた始めた時代、
一人のロシア人医師が日本人に対して手術を行った。
凍傷により壊死した右足を切断された日本人。
医者になるという夢までも失った一人の日本人に、ロシア人の医者は「写真」の技術を伝えた。

彼は教わるだけではなく、自らの創意工夫を加えてその技術を磨き続けた。
当時の写真機は扱いが非常に難しく、プロの写真家ですらピントを合わせた写真を撮影するのに苦労していた。
(この時代の写真機じゃ、ブログは書けないね。)

次第に彼の写真技術は、一流の写真家として認められていく。
同じ時代に生きた写真家「木津幸吉」からは、その技術を見込まれて、写真機と写真場まで譲り受けた。
譲り受けた写真場は失われているけれども、八幡坂に面した坂道にあったらしい。


彼の評判は広がり、榎本武揚、土方歳三などの有名人が、彼を訪れている。
その後は、開拓使が設置されてからは、その写真技師となり、北海道開拓の貴重な資料を撮影し続けた。
歴史という形の無い物に形を与える日本初のドキュメンタリー写真だ。



そして彼の事を調べていくと、もの凄い事実を知ってしまった。

明治43年に建設された「旧函館公会堂」の建設費が約5万6千円
かの有名な豪商「相馬哲平」が5万円を寄付した事は、非常に有名な話である。

そしてその当時に活動した写真家「田本研造」の年収が約15万円
オイオイオイ!そんなに儲かったのか・・・。
さすがは文化と経済の先進地「函館」だ。


そんな彼の人生と、北海道写真の歴史をさらに感じるべく、
「写真歴史館」を訪問する。







「写真歴史館」が、「旧北海道庁函館支庁舎」の2階にあることは、大変素晴らしい事だ。
ちなみに1階には観光案内所もあり、観光客に優しい施設となっている。







「歴史写真館」では、写真機の歴史を示す資料が展示されている。
また写真機以外にも、撮影した写真を修正する道具等の展示がある。

子供の頃「葬式やお見合い写真は修整されている」と、聞かされた事があるけど、この事なんだ。





展示してある写真の中に、函館山要塞に設置された大砲の写真があった。
初めて見た。

セピア色がかかった白黒写真が、妙にしっくりくる写真だ。






日本で最も古い写真は1854年(安政元年)、函館で撮影された。

かの有名なペリル艦隊が開国を迫って函館にやってきた時に、松前藩の藩士を撮影したもの。

左側の写真が、現在の状況。
右側の写真が、劣化する前の状況らしい。
もはや、写真である事すら疑ってしまうほど、劣化してしまったんだね。





函館市の豊川神社の近く、緑樹帯の目立たないところに
「北海道写真発祥の地」碑が設置されている。




とても親切な歴史写真館の学芸員さんに、由来などの話を聞いてみた。

「とうちゃん」:「なぜ豊川町に、この碑が建立されたのですか?」
「学芸員さん」:「ちょうど良い土地が、なかったからじゃないかな。特に理由は無いんだよね。」
「とうちゃん」:「よくある事ですよね!icon88



以上、「写真歴史館」から「とうちゃん」がお送りしました〜。




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Posted by 「とうちゃん」 at 07:07│Comments(0)LOVE 函館
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