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とことん遊ぶぞ 北海道! › LOVE 函館 › 海と歴史が薫る函館「厳島神社」と艶っぽい道祖神

2011年11月02日

海と歴史が薫る函館「厳島神社」と艶っぽい道祖神





市電の終点「どつく前」のすぐ目の前に建つ「厳島神社」を訪れてみた。

初期の箱館において、賑わいを見せていた地域にあり、非常にクラシカルな面影も残っている町並みが素敵。

ここのあたりから台町にかけて、明治40年の函館大火以前には、台町遊郭がある歓楽街だった。
大火後は遊郭は、大森遊郭にまとめられてここの遊郭は衰退した。


この「弁天」という地名の由来となった「弁天社」は、江戸初期の創建と伝えられている。
時代と情勢により押し流されて、数度の遷移を行い、明治40年の函館大火の後に現在の場所に落ち着く。


【文政年代(1810年頃)】          【明治20年】



【明治40年 函館大火】            【昭和8年】

(資料は【函館中央図書館 蔵】)


明治4年に「市杵島神社」明治35年に「厳島神社」と改称。
厳島神社の祭神は、「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」。
アマテラスとスサノオが天真名井で行った誓約の際に、スサノオの剣から生まれた五男三女神の一柱。
道をつかさどる神として、海上安全・交通安全の「道」の他、芸事などの「道」にまでご神徳を与える神。
また、七福神の弁天様と同一視されている。




この地域は、函館で古くから栄えた場所の一つでもあり
神社の境内には、なかなか歴史を感じる遺物も残されている。





1848年(嘉永7年)に、海上安全を祈願して奉納されたと思われる【方位石】
廻船問屋や船頭らが気象予測と海上交通安全を祈願し、奉納する習慣があったらしい。








欠けている文字が憎らしい【手水鉢】
「大坂昆布屋廻船中」と彫られた手水鉢からは、
北海道の昆布が全国で必要とされていた事実が読み取れる。








1837年(天保8年)と刻まれた【鳥居】
明治40年の函館大火で移転した「厳島神社」。
この移転は、鳥居ごと移転したのかな?








今回一番気になったのが、この「道祖神」?だ。
確かに旅や交通の神としても信仰されているから、不自然ではないけれど。

艶っぽい「道祖神」を見たのは初めてだったので、ちょっと戸惑った。


よくよく見ると、色っぽくって・・・触りたくなっちゃう。
交通安全というよりは「子宝祈願」と言う方がシックリする。


道祖神の「祖」の漢字のつくりの「且」は、甲骨文字、金文体上では男根を表している。
これに呼応するように、文字型道祖神では「道」の文字が女性器の形をしているものもある。

(wikipedia 参照)

道祖神は古い時代ほど、大胆な形をしているらしい。
人間は、いつの頃から「性」に対して、疾しさを持つようになったんだろうね。






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Posted by 「とうちゃん」 at 06:20│Comments(0)LOVE 函館
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