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とことん遊ぶぞ 北海道! › LOVE 函館 › 未完の廃線 「旧戸井線」と北海道の強制労働について

2012年10月04日

未完の廃線 「旧戸井線」と北海道の強制労働について

 青函航路が、敵国からの攻撃対象になることを警戒した人々により、北海道と本州の距離が一番短く
なる「戸井〜大間」間の代替ルートが計画された。


 

 その航路への連絡路線として建設されたのが戸井線。

 そして戸井線が着手された理由は、「戸井〜大間」間の代替としてだけではない。 
 戸井町には、津軽海峡を防備する戸井要塞が極秘に計画されており、軍需資材や物資、兵員輸送も
その建設の理由の一つとなっていたようだ。

 昭和12年(1937)に軍の命令により建設が開始、竣工予定は昭和19年(1944)とされていたが、
戦局悪化で資材不足に陥り、昭和18年(1943)に工事は中断された。
 この時点で未着工区間は、残すところわずか2.8kmの距離であった。
 工事はそのまま再開されることなく中止となった。





 と、言うわけで。
 今日の早朝サイクリングは「未完の廃線 旧戸井線を訪ねて」をテーマに「とうちゃん」がお送りいた
します。
 
 
 


 
 早朝の五稜郭駅とトワイライトエクスプレス。

 起点は早朝のJR五稜郭駅。
 函館本線の五稜郭駅から分岐、湯の川を経由して戸井町まで至る路線として計画された戸井線。
 戸井線をめぐる旅は、ここJR五稜郭駅からはじめるのが正しいルートといえるだろう。

 駅のホームでは、本州から夜を徹して走り続けたトワイライトエクスプレスの、車両交換が行われて
いた。
 何とも言えない、嬉しい誤算に本来の目的を忘れて見入っちゃったね、思わず。
 
 
 
 

 
 五稜郭から250mほど札幌方に進んだ、函館本線との分岐を予定していた地点の現在の状況。
歩くだけではわからないけど、高架橋からの景色と地図を照らしあわせると、微かに残された築堤など
の地形の意味を理解することができる。

 「とうちゃん」の心の中では、蒸気機関車が爆音を響かせていたね。 

 
 


 JR五稜郭駅から伸びる予定だった線路は、住宅地のなかに埋もれて痕跡が隠されていく。
 しかしながら、注意力を働かせながら道を進んでいくと、鉄道用として建設されたと思われる構造物
を見かけることができた。
 興味が無い人には、古ぼけたコンクリート橋だけど、廃線好きには、ちょっと嬉しい構造物だ。
 
 




 国道5号を交差した後は、市道本通富岡線を進むことになる。
 最近整備されたばかりの道路と思われ、真新しいアスファルト舗装に寂しさを感じつつ、早朝の爽や
かな風を愛車で切り裂く「とうちゃん」だ。
 
 
 
 

 進むこと3〜4kmくらいで、歩行者自転車専用道路「緑園通り」を駆け抜けることになる。
 この通りは、旧戸井線の跡地を函館市が買い取って遊歩道にしたものらしい。
 
 
 

 
 自転車で進むこと15分くらい。
 景色が、だんだんセピア色を帯び始めてくる。
 今にも線路が敷設され、蒸気機関車が走り出しそうな雰囲気だ。
 
 
 
 

 

 戸井線を横断する跨線橋、「緑園通り」で唯一残されている当時の跨線橋は、現在も生活道路として
利用されている。
 跨線橋の壁面の剥離のため、落下防止の設備が設置されている。
 ・・・真新しいコンクリートの設備が、ちょっと残念だけどね。




 

 戦局の悪化により資材不足に陥り、1943年に工事は中断された。
 戦中に建設されたアーチ橋のほとんどが鉄不足のため、木筋・竹筋コンクリート製と言われているが、
この跨線橋から現れているのは鉄筋だった。
 距離的にも五稜郭駅に近いので、おそらくは建設初期に作られた跨線橋なんだろうな。
 
 
 


 もちろん、跨線橋の上にも登ってみたくなるでしょ。

 車が1台、ようやく通過できる程度の幅の跨線橋。
 周囲に大きな道路も無いのに、なぜココだけ跨線橋が建設されたんだろう。
 その理由がよくわからないなぁ。
 
 この跨線橋を抜けて以後、松倉川までに旧戸井線跡らしい痕跡を見かけることは無かった。
 
 
 


 松倉川を越えた直後から・・・・再び廃線跡らしき地形に遭遇できた。
 丘を削ったような廃線跡。
 耳を澄ますと、蒸気機関車の汽笛が聞こえてきそうな雰囲気だよね〜。


 

 周囲の地形を確認するために、丘の高いところに登ってみると。
 根崎公園との境界を示すのかな?境界杭を発見した。
 おそらくだけど、この敷地が旧戸井線の敷地界で北海道に払い下げられた土地なのだろう。
 なぜ、法面の上ではなく、途中に境界が設定されていたのか、よくわからない。
 
 
 蛇行、寄り道を繰り返して、ここまでたどり着くのに3時間もかかってしまった。
 朝のサイクリングに慣れている「とうちゃん」も、さすがにクタクタだ。
  
 
 【北海道開拓と強制労働】

 北海道の労働史の濃いトコロをサワリだけ。

 囚人労働、タコ部屋労働などなど、北海道の開拓の歴史を理解する上で、隠されているど、
避けるこ
とはできない、聞くに堪えない酷い強制労働。

 北海道の農地、排水、鉱山、鉄道、治水、発電所、道路、港、建設・・・・など重要なインフラの
整備には、強制労働の歴史が潜んでいる場合が多いことは事実だろう。
 この強制労働に参加した者は口を塞ぎ、好んで話題にする人もなく、歴史に埋もれてい話。

 特に、軍部の命令が絡んだ時のタコ部屋労働の凄惨さは、平和な現代に生きる「とうちゃん」には
理解できないものだし、その強制労働の資料のほとんどは、軍によって廃棄されたのだろう、あまり確
かな資料を見かけることがない。

 旧戸井線の歴史を調べていても、タコ部屋労働と言う名の強制労働の陰が落ちていた。
 湯の川を抜けて、汐首以降の区間は難工事となり、多数の犠牲者が生じたと言われている。
 
 ネットで検索出来た資料としては「函館市史編纂室だより 第1号」がある。
 
 飯場の棒頭が六尺棒や日本刀を持って逃げたタコを探しまわる。
 近所の人は、これを匿いメシを与えて逃がしてあげる美談。
 逆のパターンの話し(タコを引き渡した話)を聞かないのは、だれもそんな思い出を語りたくないか
らだろうと「とうちゃん」は考えている。

 ちなみに「汐首」という不気味な地名は、アイヌ語のシリポクに由来し、「山の下」を意味するらし
い。【北海道蝦夷語地名解による】
 
 
 現地調査とブログ作成で、12時間ほどの時間を費やした「旧戸井線 探検」
 本当に見たい景色は、この先にあるんだけれど・・・
 「とうちゃん」の体力で、家族に迷惑をかけずに早朝サイクリングできるのは、このあたりまでだ。

 「旧戸井線 探検その2」は、旧戸井線の様に未完で終わらせず、最後までがんばるぞ!

 と、ブログに誓ってみる「とうちゃん」でした。

 (今日のブログは、他のブログサイトに掲載したものです。)

【参考 函館市史、おがえもん.com様(廃線研究所)】

  
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Posted by 「とうちゃん」 at 19:56│Comments(0)LOVE 函館
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