さぽろぐ

  旅行・温泉・観光  |  その他の都道府県・海外

新規登録ログインヘルプ


とことん遊ぶぞ 北海道! › LOVE 函館 › 金森赤レンガ倉庫に行ってみた

2011年07月16日

金森赤レンガ倉庫に行ってみた

函館市でも、もっとも有名な観光地の一つである「金森赤レンガ倉庫」に行ってみた。

というか、休日の朝のサイクリングロードに組み込まれているエリアで「とうちゃん」の庭とも言える地域だ。







大型バスが通る表通りではなく、細い海岸通を走るのが好きで、
特に気に入っているのが「七財橋」から見下ろす赤レンガ倉庫群と運河だ。







金森赤レンガ倉庫の歴史は、渡邊熊四郎が金森洋物店を開業した1869年(明治2年)まで時に遡る。

24歳の時に長崎から函館にやってきた熊四郎は、旧金森洋物店・旧金森船具店で輸入雑貨や船具の販売を始めとし、
洋服仕立て、靴職人を東京から呼び店を持たせ、砂糖を販売して外国商人を駆逐し、時計店も開業、
眼鏡から気象器機まで取り扱った。その他回船・倉庫など、店舗だけで10数店を設け、
明治20年代には、北海道随一の大商店を経営し、函館四天王の一人として近代函館の礎を築き上げた。



そして熊四郎は、自家の商売だけではなく、町のため、社会のためになる事業を計画し、
公共福利のためには多大の寄付を惜しまなかった。

書店を開き、新聞縦覧所を併せ設け、魁文舎と称した。
小学校の設立を企画し、内澗学校を開設
自ら創刊を努め、明治11年1月函館新聞を発刊。
函館公園造設に際しては1000円(当時)を寄付
明治10年には、10名の同士と、貧困者のために鶴岡学校を開設
明治11年、資金の募集に奔走し、豊川町に病院を設立(後の第一公立病院)
明治14年、平田文右衛門・今井市右衛門と函館器械製造所を設立、後に函館船渠株式会社に譲り渡す。

函館のために、学校や病院の建設、公園や水道施設の整備等、多くの公共事業に私財を投じた人物。


ちょっと調べて思ったけど、この有名人の足跡をたどるツアーも面白いかもね。
函館の子供達の夏休みの自由研究にどうかな?



そんな熊四郎が残した足跡の中で、今もっとも有名なのが、この倉庫だろう。

函館の倉庫史について、もっと知りたい方はコチラ(函館市史 )を読んでね。





倉庫街深くまで、水路が巡らされている。
やはり、ここが倉庫街だったんだと確認できる風景。








潮風のせいだろうか?ちょっとだけ痛んでいるレンガに歴史を感じ。

倉庫の基礎は、ちょっと疲れ気味だけど、不動の精神で倉庫を支えている感じ。

後の時代に無理矢理設置された配管の、やんちゃっぷりも。

倉庫が函館に生き続けた歴史を感じさせてくれる。




倉庫の中は、レンガの肌をむき出しにした渋い造りもあれば、
時には歴史を感じる事が無いほどリフォームされているところもある。

観光地というよりもショッピングモール?と思えるところも多く、
函館や道南のメジャーな特産品だけではなく、シャレた洋服や小物など買い物を楽しむ事もできる。





やはり「金森赤レンガ倉庫」は函館観光からは外せないでしょ。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
にほんブログ村


あなたにおススメの記事


同じカテゴリー(LOVE 函館)の記事画像
正教会の伝道者 聖ニコライと足跡
日本に残される「イギリス領事館」を比べてみると
高田屋嘉兵衛と箱館の深い関係
まだまだ間に合う!松前町の桜まつり
碧血碑の微妙な立場と石川啄木について
水鏡に映る 早朝の五稜郭の桜の花
同じカテゴリー(LOVE 函館)の記事
 正教会の伝道者 聖ニコライと足跡 (2015-06-14 15:39)
 日本に残される「イギリス領事館」を比べてみると (2014-07-19 22:50)
 高田屋嘉兵衛と箱館の深い関係 (2013-05-25 11:42)
 まだまだ間に合う!松前町の桜まつり (2013-05-13 22:19)
 碧血碑の微妙な立場と石川啄木について (2013-05-11 13:46)
 水鏡に映る 早朝の五稜郭の桜の花 (2013-05-10 22:18)

Posted by 「とうちゃん」 at 06:32│Comments(0)LOVE 函館
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
金森赤レンガ倉庫に行ってみた
    コメント(0)