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とことん遊ぶぞ 北海道! › 北海道開拓に思いを馳せる › 旧旭川偕行社に行ってみた

2011年02月10日

旧旭川偕行社に行ってみた




第7師団は札幌市から旭川市に配置を移すこととなったため、師団の生活する家屋とともに、
将校たちの社交場「旭川師団将校集会所」として1902年に建設された「旭川偕行社」。
木造二階建てで半円形の玄関など、当時の北海道としては珍しい先進的な洋風クラブの建築物であった。

この建物は、師団将校達へ向けた集会所・社交場や迎賓館となる目的で建設されたもので、
往時には、皇太子時代の大正天皇や昭和天皇の行在所としても使用された。

第二次世界大戦終戦当時はアメリカ軍の将校達が集まる将校クラブとして使用された時期もあった。

その後「旭川市博物館」として、「旭川市彫刻美術館」として利用されている。

なお、1989年5月19日、その建物の歴史やデザインなどが認められ、国の重要文化財に指定された。
旭川市において重要文化財に指定された建物としては初であり、同時に唯一のもの。


(参考 wikipedia)

たしかに、威厳のある建物だよね。
旭川に育った人なら、小学校の頃に写生会で訪れたことがあるのでは?
でも、この建物の経緯を知っている人は、そんなに多くはないと思う。
実際、自分も旭川を出て10年も立った頃、興味を持った訳だし。

旭川市を調べていると、痛感することが一つある。


「自分の足物との歴史って以外に知らない」


面白いのに、もったいないことをしてきたと思う。










この建物にも「北極星」を発見した。
北海道の歴史探検をすると、良く見かけるマーク。
お約束ということで。











この時代の建物の寂れてもハイカラ感が溢れている雰囲気が好きだ。

建物の基礎の石材は、どこから運んできているのだろう。
札幌の「石山」のような地名、この近くには無いような気がする。
あれ?旭川の石材ってどこで産出しているんだろう?ネタとして要チェックだな。





【六角堂】
元々は、旭川市4条通12丁目にあった旧竹村病院の玄関を飾っていた塔屋部分。
本屋解体により,現在の位置へ移築される。




写真は「旭川市彫刻美術館」の中。
彫刻よりも、建物の作りが気になってしまう。







もちろん、目を引く彫刻もたくさんあった。
彫刻などを評価するのは、恐れ多いので触れずにおく。
ただ、針金でできている「サックス」。キレイだった。





旧旭川偕行社の周辺には、第七師団を連想させる建物などが多数残されている。
写真の手前の方に移っているのは、「第七師団 司令部の門」。
なにも看板とか表示されておらず、調べてみないと絶対に見過ごすところにある。
でも、なぜ保存するなり、壊すなりしないんだろう。





「北鎮小学校」
今でこそ普通の小学校だが、以前は兵隊さん達の子供が通っていた小学校だった。
「北鎮」って意味が分かると、イロイロなことが見えてきて面白い。


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