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とことん遊ぶぞ 北海道! › 北海道開拓に思いを馳せる › 「北海道開拓の村」に行ってみた(その2)

2010年10月30日

「北海道開拓の村」に行ってみた(その2)


昨日に引き続き「北海道開拓の村」について書いてみる。
ちなみに、これが(その1)。



旧小樽新聞社。

明治27年(1894)に創立され、函館毎日新聞、北海タイムスとともに道内の代表的新聞の一つであり、あの石川啄木も明治40年の10月から12月までココで勤務していた。
「石川啄木は、小樽日報の三面(連載小説・事件・芸能等)を担当していたが、わずか2ヶ月程度で事務長に暴力を振るわれ、小樽日報社を退社、失業した。」
大文豪の失業。この人間臭さを感じることができることも、教科書では味わえない博物館の楽しみの一つだ。

ここでは明治時代の新聞を読むことができる。

残念ながら、啄木が掲載していた「明治40年の10月から12月」という時期を事前に把握していなかったので、読み損ねた。
明治40年12月12日あたりの新聞には「啄木・・・退職します」みたいな記事が掲載されているらしい。
次回こそは読みたいものだ。

明治時代の新聞広告の中に宮内庁御用達「サッポロビール」の広告?があった。
よく見ると、値上げの広告なのかな。





旭川市にあるJR永山駅の正面には、かつて「待合旅館」があった。

電車を待ったり、終電を逃した人々が宿泊した。
この旅館の電話番号は、驚きの「7」である。



旅館の中では明治時代の駄菓子が販売されていた。
まぁ・・・美味しいものではないけどね。



今でも旭川市の1条通にある「近藤染物店」。

「創業明治31年。染め一筋に歩んで110年の歳月。以来、いつも変わらぬものは、生地や染料など質の高い素材を吟味する鋭い目。そして、手染めの温もりを愛で伝えようとする職人の手。」
今でも「大漁旗」等については、パソコンを使用せず、職人が手書きしている。
「のれん」「半纏」なども作成しているとのこと。

高校時代の通学路にあった店に、こんな歴史があったとは知らなかった。




旧有島家住宅。


日本近代文学史上の代表作家で札幌農学校の出身者の一人「有島武郎」が
明治43年(1910)5月から翌年7月頃まで住んだ建物。

彼の作品を読んだことがありません。

でも、愛人の「波多野秋子」と心中したことは知っていた。
「心中のしてから遺体が発見されるまで時間がかかったため、腐乱が進み、蛆虫の巣となっていた。
有島であったということを遺書を通じてしか確認出来なかったらしい。」

遺書では「愛の前に死がかくまで無力なものだとは此瞬間まで思はなかつた」との名言?が書かれていた。


腐乱死体とという現実と美しい言葉というギャップが・・・・印象的だ。

今度機会があったら、有島農場があったニセコ町の「有島記念館」に、彼の代表作くらいは読んでから訪れてみたい。




入り口近くにあるレストランで昼食を取ることにした。
やはり開拓定食1000円は、食べてみないとね。


いももち、味噌おでん、おかかのおにぎり、豚汁に漬物が添えられる。
レトロな内容を想像していたので、美味しすぎてちょっと残念。



道を歩いていると、足元に栗が転がっていた。


よく見てみると、相当な数の栗の実が落ちているので、思わず拾い集めてみた。
家に帰って「茹で栗」が出来るくらいの数は拾うことができた。

一つだけビックリするくらい大きな虫が入っていた。
虫と栗の割合が「1:2」程だろうか?
不自然なほど大きな「虫」だった。
気持ち悪いので、写真は掲載しなかった。



農村地域に「ポンプ」が設置されていた。


かなり気に入ったらしく、貴重な水資源と労働力と愛くるしさを無駄に消費していた我が子。



続いて、子供の広場では「竹馬」にチャレンジ。



私は乗れません。もちろん妻も。
だれも教えれない我が子も当然乗れません。
こうやって文化は失われていくんだなぁ。



この「北海道開拓の村」敷地が広く、内容も大変充実しているので、ちゃんと見学しようと思ったら2日以上が必要かな。
さらに欲張りにも、この日は「開拓記念館」も見学していた。

今回は子供もいたので、掲載されている資料も、ほとんど読むことが出来なかった。

歴史に興味がない妻と幼い子供にも楽しい場所ではなかったので、夕方は家族孝行。
「我が家御用達」の銭湯「花ゆづき」で妻と子供を接待した。

モヤモヤしたけど、それなりに充実した1日だった・・かな。


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