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とことん遊ぶぞ 北海道! › LOVE 函館 › 早朝の「立待岬」と石川啄木が愛した「大森浜」

2012年10月10日

早朝の「立待岬」と石川啄木が愛した「大森浜」

 アイヌ語で「ピウシ」。
 その意味は「岩上で魚を待ち、漁具で獲る場所」ということ。

 海に崩れ落ちるかのような断崖絶壁の景観に威圧感を感じる。




 
 江戸の時代には、北方警備の台場が設置され、外国船を監視する要の地でもあった
 「立待岬」を訪れてたのは朝の6時前。
 本日のサイクリングは、ちょっと過酷な青柳町の坂の向こう。
 


 
 
 尖った岩場に当たって砕ける津軽海峡の波。その向こうには、竜飛や津軽の山々が霞んでいる・・?
 アレレ?尖った岩場に釣り人がいる。
 ちょっと危ない気がするけど。
 よく見ると、釣りをしている人がけっこういたりするなぁ。
 
 

 
 
 「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」の歌が刻まれているのは「啄木一族の墓」。
 石川啄木が好んだ大森浜を望む立待岬のそばに、友人であり義理の弟でもある「宮崎郁雨」らの手に
よって建てられた。

 たしかに岬よりも、朝日が輝く大森浜方面の景色の方が素晴らしい気がする。
 
 と、いう訳で啄木が愛していた「大森浜」に立ち寄ってみた。
 蟹がいる気配は感じられない現代の大森浜。蟹の代わりといってはなんだけど、朝も早くから釣り人
で賑わっている。
 明治の時代の大森浜周辺は、ゴミが捨てられていたと函館市史で読んだ記憶が有る。啄木の愛してい
た砂浜は、そんな時代の砂浜だったのだろうか?
 
 

【生活感溢れる早朝の住吉漁港】


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Posted by 「とうちゃん」 at 06:04│Comments(0)LOVE 函館
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